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近藤君とミカン。その2 (秋田編) [昔話]

昨日の続きです☆

そんなある冬の日、牧場の一頭の馬が引退する為、我が家に新しいポニーちゃん
がやって来ました。冬の間は牧場はお休みするので自宅の馬小屋に、業者さんが
届けにきたのです。

私の実家の集落にはお向かいの家がありません。道路(一応アスファルト)をはさんだ
目の前はひたすら田んぼ…林…。
そんなひたすら長い一本道路にポニーちゃんは降ろされました。※以下絵?を交えて。

※馬の絵苦手(汗)
当時3~4才だった私は鼻水を垂らしながら、なぜか剥いたばかりのミカンを持って
庭で遊んでおりました。
業者さんと話をしていた父が「おいで~♪」と手招きしたので側へ行くと…


「ほれ!乗ってみるか」と父。 いつもはちゃんとクラがついていて手綱を
父に引いてもらいながらバージョンはありましたが、裸馬ツルツルしかも
手綱なしバージョンは乗った事はありません。
…でも雰囲気的に「乗るだけね♪」チックな感じの空気だったので、私も
鼻水を垂らしながらも「うん♪乗りてぇ!」と喜んで乗せてもらいました。
なんてったって新しいお馬さん!初乗り第1号さんですよ~私(≧▽≦)♪イエイ☆


乗ってまもなく「パチーン!!!」お馬さんのおけつを叩く音が!!!

「え?」………


お馬さん、叩かれたら走るがな~!
反射的にもどう考えても(馬的に)GOの合図や~ん!
あんたら(父と業者さん)、お馬さん扱うプロちゃうんかい~!!!
そんな慌てられたら、乗ってる私はどうなるのぉぉぉぉぉ~!!!


たとえ初めて来た知らない場所だって、そこに道がありゃ俺(お馬さん)は行くぜ!
それでは、その暴走する裸馬に乗った親方さんにそのシーンを伺います!(インタビュー風に☆)

えーとですねぇ(マイクを向けられ風に☆)、なんといってもお馬さんの背中がツルッツル
していてたて髪にでもしがみついていないと落っこちちゃうんですよぉ!
しかも乗った事ある人は分かると思うんですけど、上下に揺れるんですよね(体が)!
だから2回に1回は体が浮くんで結構しっかり、たて髪を…いやいや!幼い私には
父親の足にしがみつくような…そう!反射的にお馬さんの首に抱きついて…





抱きつきすぎて首しめちゃいました~(≧▽≦)!  私も必死や!

首しめられたらお馬さん、苦しいがな~!
息できないから、後ろにしがみついてるなんか訳わかんない鼻水垂らした女の子
邪魔になるがな~!
なにが何でも振り落とすがな~!(いくら普段温和なボクでも☆)

お馬さん…前足を高く高くあげまして(ロード・オブ・ザリングの白馬のように☆)
ちょっとブルブルさしたな?ブルブルさして「ヒヒイ~ン!」言うたな?
「ヒヒイ~ン」言うて………………………落としたな?

みぞれ交じりの雪がちらぽら…
冷たい冷た~い道端に…私はうつぶせにお倒れになりました…
こんなに長々書いたけど、実際乗ってから落ちるまでの時間1分もあるかないか…
私…「訳わかんない…???」 
聞こえるのはパカラッ パカラッ パカラッ パカラッ パカラッ…パカラッ…とお馬さんの走っていく足音。

でも大丈夫♪お父さんが助けてくれる♪「大丈夫か?」って抱きしめてくれる筈…

だからあたい…抱き上げてくれるの待ってる♪
あたい…涙こぼしちゃったけど笑って許すよ…(あぁ…頬をつたう涙が温かい…鼻水も…)




「許さぁ~ん!!!!!!!!!!!っ」

なんという事でしょう…(劇的ビフォーアフターの始めのひどい有様をみた風☆)
鼻水は確かに青っ鼻だったかも知れない…。
お母さんの私の前髪カットはいつもお菊人形バージョンだったけど、その
カットしてたお母さんは北島三郎もびっくりのパンチパーマでしかも
当時24歳だったかもしれない…。(一応堅気です(笑))

ほっとかれた…
しかも通りすぎる時も「大丈夫か?」の一言もなく…

身軽になって☆更に駆けて行くお馬さんを、父達は血相を変えて追いかけて
行ったのでございます…


視界から遠くなっていく父達を見上げながら、
ふと手元をみたら…ぐじゅぐじゅにつぶれたミカンが…

お馬さんに振り落とされたうえ、父にも見捨てられ、その上、食べようと思って
いたミカンまで…
最終的に一人で起き上がって、ばあちゃんに泣きついたんですねぇ。
「ミカンがぁ~!ミカンがぁ~!(号泣)」って!
※結局家族にはミカンがつぶれたという事実のみ伝わり、逆に「それ位で泣くな!」
と怒られてしまったという悲しい物語(笑)

こうしていまなお、鮮明な記憶として残っているのですから
当時はかなりのショックだったんでしょうねぇ(笑)

なのでミカンを食べる時、いつも走馬灯のようにあのつぶれたミカンを思い出すのでした。

「近藤君」?

それはですねぇ…
高校生になってから父にしみじみこの話をした時のこと。

私「あの時さぁ…誰が馬のケツ叩いたわけ?」

父「あぁそんな時もあったなぁ…(笑)。」   父にとっては愉快な思い出らしい。ムキー(怒)

父「あれは父さんじゃないよ!」

私「えッ?」   てっきり父だと思っていた自分。

父「叩いたのは…ほら…あの、お前のクラスの同級生…近藤君のお父さんだよ」

私「近藤君のお父さん?」    その時隣の席でした。

あぁスッキリ…映画「アメリ」の写真を破って捨ててた人が修理屋だと判明したシーン
の時みたいにすっきり!(わたしの中で☆)

それ以来、「近藤君」※正確にはお父さんでしたけど(笑)という名前は
私にとって忘れられない名前となったのです。

っていうか他人のお嬢さん乗せてるのにそんな事しちゃダメじゃん!プン

長々お読みくださってありがとうございました☆

















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近藤君とミカン。 その1 (秋田編) [昔話]

「近藤」と「ミカン」…冬になり、その単語を目にすると思い出します…。

私の実家は秋田です。
子供時代、一家で食堂・喫茶・飲み屋(夜)・牧場・遊び場(アーチェリー・100円乗り物・ポケット
バイク等)・ゲームセンター(インベーダー・パックマンの全盛期ですよ)などを山奥で営んでいました。

メインは牧場ですかね…。
     馬……ポニー・道産子馬
     羊……毛は家の絨毯となり、肉はジンギスカンとして食堂へ
     猿……太郎と花子
     ヤギ……乳搾りが私の日課※ちなみに紙は好きではありません(笑)
     小動物…ウサギ・モルモット(赤ちゃんメチャ小さくてかわいかった♪)
     ホロホロ鳥…ホロホロ~って鳴くんですよ!ほんとに。
     クジャク…抜け落ちた羽で扇子を作ったりして※ちなみに卵は薄い青色
     比内鶏…300羽 (きりたんぽ用…悲しい運命)
     七面鳥…(恐怖のクリスマスを迎える…悲しい運命)
      あひる・がちょう…私の子分!あたいについて来な!って感じ(笑)
     
父がその昔(1ドルが360円だった時代)、単身アメリカへ渡り、その時の暮らしに
影響を受けて、子供達やいろんな人に動物を触れ合う場所を作ったそうです。
おかげで私はかなりのワイルド野生児(その環境が普通だと思ってた)

羊は私のまぶダチ☆ または足(乗り物) 笑

私は動物の中では馬の瞳が一番好き☆

「腹がへったら田を作れ!」が実家の方針。
祖父の代で移り住んだ開拓地に(大草原のちいさな家みたいですね☆)
食べる物はすべて作り、厳しい冬はマキストーブで暖をとりながら…

鶏から生まれたての卵を頂き、ヤギからは乳を、裏の畑から新鮮な野菜
きりたんぽもおいしいお米に、夏冷たく冬はぬるいおいしい井戸水…
おやつといえば、桑の実、アケビ、木苺、スグリなどが食べ放題とり放題、
冬のそり遊びにひっぱる紐がないなら山からつるを取ってきて代用したり
お山で用を足した時使う、おしりにやさしい葉っぱ選び得意です(笑)とか?

いつの時代の人?つう話ですよね(笑)

この場所を離れて初めてこのおいしさを知りました。私の物作りの原点は
多分ここから始まったんだと思います。(すり込まれたぁ)

前置きが長くてすいません。

そんなある冬の日、牧場の一頭の馬が引退する為、新しいポニーちゃんが我が家へ♪
そこで事件がぁ~!!! 


            
           すいません。続きはまた明日という事で☆(ホント…入力べただな…自分。
何時間パソコンにかじりついているんだい?…かれこれ二時間?)     

                  











     


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マイ家宝! [昔話]

私には小学校高学年の時に学校から頂いたとんでもない物があります。それは木目が鮮やかな茶色の素敵なピアノです!(画像をお見せできなくて残念!)…当時私が通っていた小学校は全校百人位(一学年十数人)の小さな学校…。しかも入学してから卒業するまで学年の級友は変わる事無く(保育園の時からかも!)、当然自分の出席番号もず~っと18番(最後)なのでした。体育と図工と、とりわけ音楽の時間が大好きだった私は、自由に出入りの出来る音楽室がお気に入り♪当時から一匹狼的だった私(一応ちゃんと友達は沢山いましたよ~)は休み時間の度に足踏みオルガンでしたっけ?(懐かし~)で、チェッカーズとか水戸黄門とか中森明菜ちゃんとかまんが日本昔話(でよく鬼とか化け物に追いかけられるシーンに使われる音楽?)を我流で弾いて楽しんでいた訳ですよ(≧▽≦)♪。音楽室に行けない時、もしくは自宅(山奥)に帰ってる時などは長い紙に実物大の鍵盤を書き、想像であらゆる曲を奏でていた訳ですよ(≧▽≦)♪。注:自分は神の子(絶対音感)ではありません。ただの野生児です(苦笑)。…前置きが長いですね(笑)、まぁ大して上手くなかったけど楽しそうに遊んでる私を星ヒューマの姉のように物置の陰からひっそりと見守っていた校長先生(男性)が突然「ピアノあげましょうか?」と!!私:「本当ですか?下さい!」交渉成立~♪。かくして私の実家(秋田)には捨てられる筈だった、丁度いい所のドとソとシの鳴らない(そこに惚れたネ♪)大正マークのついたピアノが(嬉)…「ご主人様…いつになったら私を素敵な豪邸に連れて行って下さるのですか?」と、雪国の子らしく今も我慢強く待っているので御座います(ここは泣く所ですね)。ゴメンよぉぉぉぉ…いつの日か…必ず!
 ※本日の入力時間:119分


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